十五年前/哀愁の紅
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     × × ×
 
 あたしがコウに出会ったのは、十五年前の冬のこと――

 あたしは父親にひどく叱られて家を飛び出していた。とても、とても冷たい日だった。
 ちりちりと雪が肌を焦がす感蝕を覚えながら、泣きわめき、走り続け、力尽きた。公園のベンチによこたわって、景色を眺めた。クリスマスを迎える街の色鮮やかなイルミネーションも、真っ白い雪も、ただむなしいだけ。でも、音だけはすごく澄んでる夜だった。
「大丈夫? ……どう、したの?」
 静かなあたしだけの世界に、誰かの声が差し込んだ。顔をあげると、赤い髪を持つ男の子がそこにいた。
「生きてる……よね?」
 あたしはどうでもよかった。ただうざいだけ。一人にしてほしい。顔をすぐ下げ、無視。ほっといてほしかった。
「――、」
 ――? 身体が軽い。気がつくとあたしは赤髪の男の子に腕を掴まれていて、足をうずめていた雪から立たされていた。
「やばい、俺ん家来い!」
 ぐいっ。左手を引っ張られる。
「ち、ちょっとやめて。うざい、はなせ」
 掴まれてる左手がすごく熱い。燃えてるように、熱い。
「そんなこと言ってられるかよ! すぐそこだから行くぞ」
「行かないわよ! もう、一人にさせて!」
「知るか!」
「ふざけんな!」
 腕をおもいきりふって強引にはなす。息があれる。雪がまだ降ってるせいか、景色全体が白んで見える。
「なめてんの、あんた? サイテー。うざいわ、消えろ!」
「手!」
 男の子はそう言うと、あたしの左手を持ち上げてみせた。
「え、な…………」
 あたしの左手は水疱がいくつもできていて、薄く紫に変色していた。
「……」
「すぐそこだから!」
 強い口調で、軽く左手を引っ張られる。あたしは何も言えなかった。その時に見えた男の子の顔は白くて、半泣きで、赤い髪はまぶしかった。――そういえば、その時に初めて男の子の顔を見たんだっけ。

 いきなり知らない家に連れこまれて、お風呂で温かいシャワーを手にかけられた。手に激痛がはしり、何度もうめいた。
 男の子の母親と思しき人がふくを脱がしてくれて、赤いタオルを身体にまいてくれた。ヒーターに温められ、コーンスープを出してくれた。
 家のなかはあったかくて、明るくて、ばからしく思えた。男の子はずっと泣きそうな顔をしていたような気がする。ずっと横にいたから……髪しか見えなかったけど。

 あたしは暖房のきいた部屋のソファーにすわっている。左手はまだ赤くはれていて、それまで見ていなかった足は雪にうもれていたせいか、もっとひどかった。
 足許にはヒーター。身体にはタオルを巻いている。目の先にはガラスドアがあり、外ではまだ雪が降っている。
「死ぬだろ。何やってんだ」
 横でたいそうすわりをしている男の子が、こっちを見ずに言った。
「別に……」
「死ぬだろ、普通。ばかだろ」
「―――…」
「……死ぬ、つもりだった?」
 ごう。ヒーターの風の音が聴こえる。
「わかんない」
 あたしはタオルを強くにぎる。身体がふるえる。
「わかんないよ……」
 ただ逃げたかっただけ。父親に怒られてばかりで、逃げただけ。だから一人にしてほしかった。ほっといて、ほしかった。
「おれもわかんない」
「え……?」
 つと隣にいる男の子を見る。
「だって今日さむいし、来週はクリスマスだし雪も、降ってるし」
 髪をいじっていて、横顔は笑っている。
「だから、サンタが泣いちゃうから」
「……」
「笑ってなきゃ、だめなんだ」
「……あっ」
 男の子が目から一筋だけ涙をこぼして、笑っていた。
「なに、意味わかんないし」
「え? なんで、サンタさんに来てほしくないの?」
「サンタしんじてるの? やっぱりばかね。うざいわ」
「ふ〜ん」
 それから先、あたしたちは何も話さなかった。男の子の母親に家の電話番号を聞かれ、あたしの父親が迎えに来て、最後に「じゃあね」と言うまでは。そして、父はあたしのわがままを叱らなかった。


 ――もう、十五年前のことなんだ。
「あ、アイ。そろそろ手を離して」
 そしてあたしは今、浅葱色のコートを着た赤髪の男の子の手を引いている。
「コウ!」
「な、なに!?」
「その程度のことじゃ逃げちゃだめなんでしょ? サンタが泣いちゃうから。ぷくくー」
「ひ、ひどいっ。笑うなよ! それにずっと昔のことだし……」
「知らない。それにコウを探すの、たいへんだったんだから、ばか」
「すみばせん」
「さ、あたしの家に行くよっ。コーンスープ作ってあげる。あと、飲んだらちゃんと舞台に戻ることね」
「な、引っ張るなって! それに勝手に決めるなよ!」
「フンだ。だまって引っ張られなさい!」
 紅色は泣かせてはいけない。だって、サンタは笑ってなければだめだから。だからあたしは、コウの左手を引いている。

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