逆境アンドロイド
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 外を見ていた。
 それにたいした意味はないが、俺こと泉鏡矢は「ああ、もう春も終わりなんだな」なんてことを思いながら花を散らした葉桜を学校の教室から見ている。
 今日は寒くもなければ熱くもない良い天気だ。風がよく吹いている。風に吹かれるたび、カーテンは風船のように膨らんだりしぼんだりする。それが気になって、俺は窓のそとを見た。そこには葉桜がある。葉桜は風に揺られて、ばさばさと、まるで生きてるみたいにせわしなく動く。窓のそとで緑が揺れる。それはとてもやさしい何かを感じさせる。そのやさしさが風に誘われて、カーテンを透して、教室なかに入ってくる。
――……。
 こんな心地のよい日に、教壇に立つ教師はお堅いことをぺちゃくちゃと話し続けている。
 非効率的だ。
 クダラナイと思わないか?
 俺はクダラナイと思う。
 だから俺は、教師を無視して窓側の一番後ろの席から外を見ていた。
 どうせ大学に行く気はないし別にいいだろう。だいたい、窓側の一番後ろの席なんて、寝るか外を見るか暇をつぶすかそのためにあるようなものだ。
 俺は窓枠に寄りかかって、空を仰いでみた。
 太陽が目に入り、俺は手で軽く視界を覆う。
 青い。
 そこには、本当に青い、雲ひとつない真っ青な大空があった――そこになぜか黒の点がひとつ。
「ん?」
 よく見ると、それは人影に見えた。
 屋上か?
 屋上に人が立っている。
 何で屋上に?
 というか、それ以前に屋上は立ち入り禁止なんじゃ。
 そんなことを考えて、俺は無理な体制をもっとよじって屋上を見ると、
 そのとき。
 影が揺れた。
 一瞬だ。
 ふわっとしたように感じると、一気に、一気に影が迫ってきた。落ちてくる!
「な―――――――――――――――――――――――――――――ーッ!!」


     ○ ○ ○


 咄嗟に、俺は影に手を伸ばし、掴んだ。
 その瞬間に思い切り外に投げ出される。
 カーテンを掴んでそれに抗うが、
 ブチン
 という音とともにカーテンが千切れる。
 浮遊感。
 空に浮く感覚。
 ズン
 考える間もない。
 俺は地面に叩きつけられた。
 次に感じたのは痛みだった。
「ぐおおお……ッ」
 全身に激痛と、肺を打ったのか、こぼれる息が燃えるように熱い。
 俺は文字通り地面にキスをしていた。咄嗟に手を出したとはいえまさかこうなるとは。視界の片隅には、あの影≠ェあった。影≠ヘ動かない。生きてるのか、死んでるのか。確認しようと地面に手をついて必死に立ち上がろうとするが力が入らない。ふと、頭にふたつの文字が浮かぶ。
――自殺。
 くそバカ野郎。自分から死ぬとか、いっぺんそのツラおがまねえと気がすまねえ。
 そのとき。
 ふらふらと影≠ェ立ち上がった。
 太陽の光で逆光になって顔は見えないが、学ランを着ている。男か。俺より高いところから落ちたのに、なんで俺のほうが重傷なんだ。息を吸い込んで声を吐き出す。
「お、い。大丈夫か……?!」
 反応がない。
影≠ヘ立ったまま。
「…………んな」
影≠ェぼそりとつぶやいた。俺は聞き返す。
「あん?」
「……フザケんな」
「へ?」
「フッ、ザケんな、って言ってんだよォオオオオオオオオオ!」

 俺の鳩尾にそいつの蹴りが直撃した。

 な ん で

 助けたのにあまりに理不尽。
 そのとき、はじめてそいつを見た。
 黒い学ラン。
 そして、背中まである長い黒髪。
 その黒と対照的な白い顔、白い肌。
 碧い瞳。
 碧眼に溜まる涙。

――な、コイツ…………。

 女だった。
 圧倒的なまでに女だった。
 学ランひとつを除いて。

 それがマリア=アンドロイドとの出会いだった。


      ○ ○ ○


 俺はいま生徒指導室にいる。
 あのあとはこうだ。何人もが外に落ちた俺らを見、クラスのやつらは騒然。周りのクラスにもそれは津波のように伝わった。
 教師がすぐ来た。
 そしていまだ。
 このあと、病院につれていかれるらしい。幸いにも頭を打たなかったみたいでいま現在はなんともないのだが、メンドクサイことだ。
 で。
 いま、俺のとなりには、さっき俺を蹴飛ばしてくれた女がいる。名前はマリア=アンドロイドと言うらしい。外国人なのだろうが、にしても変わった名前だなと思う。黒髪で碧眼ってことは、日系人か。しかしそれ以上に、何が楽しくて学ラン着てんだ。訳がわからん。
「……」
「……」
「……おい」
「……なによ?」
「なんで学ラン着てんだ」
「そんなのあんたには関係ないでしょ? あー、イライラするな」
「自分で飛び降りたのか?」
「な! ……だからどうだってのよ。同情? そんなの」
「助けてもらいたくなかったってか」
「……………………」
「お前バカだ。自分勝手すぎる」
「……あんたも相当、自分勝手だと思うけど」
「そうかもな」
 そのあと教師が入ってきて、俺たち二人は病院に行った。


     ○ ○ ○


 教室から見る空は、あまり綺麗じゃないように思う。
 あれ以来、マリア=アンドロイドのことをよく考える。あの学ランを着た碧い目の不思議な女はあの日、あの快晴の青空の下で何を考えて、どうして飛び降りたのか。
 少なくとも、あのとき生徒指導室で話したマリア=アンドロイドという人間は、そう簡単に死のうとする奴じゃないように思えた。何かに未練があるような、そんな感じがする。
 って、完全な憶測だがな。
 憶測で物事を語るなんて滑稽なものだ。
 事実はこうだ。
 マリア=アンドロイドという人間が自殺を図った。それを偶然俺が助けた。正確には巻き添え食った感じだが、手を伸ばしたのは俺だ。俺が奴を助けたことには変わりがないだろう。少なくとも、周りの一般生徒には事実はそうやって知られているだろう。
 だが、肝心の学校側はこうだ。
 いまは屋上への階段には柵がつけられて封鎖されている。
 臭いものに蓋、だ。
 臨時の学校集会では「みなさんも十分注意するように」と校長。事故で片付けられていた。事故なワケがないだろうに。
 そう思うと、イラッとする。
 いつも思っていたことが、胸のなかでとぐろを巻き始める。
 なぜ当事者のことを考えず、こいつらオトナってのは物事を一般化するのか。何で「みなさんも」となるのか。
 俺は違う。
 俺は知りたい。
 マリア=アンドロイドがどんな人間なのか。
 何で泣いていたのか。
 知りたい。


   ○ ○ ○


 授業が終わったあと、俺は担任の教師がいる職員室に行った。
「マリア=アンドロイドのことで」と言ったら、近くにいた教師たちが目の色を変える。それから担任はバツの悪い顔をして、俺は廊下へ引っ張り出された。
「どういうつもりだ?」
「知りたいんです」
「ったく、お前は確かに今回の事故の関係者だが――」
「事故じゃない」
「――……ったく」
 担任教師は隠してはいるが、さも面倒な、という表情をしている。そうしてから子供を諭そうとする表情に変えて、
「あのなぁ、泉。世の中には触れないほうがいいものだってあるんだ」と言った。
「臭いものには蓋をですか」
「そうは言ってないだろ。だがなぁ、本人の気持ちをもっと考えて」
「そう言うふうに言って、その本人を放っておいたら何も解決しないじゃないですか」
「勿論放っておいたりはしないさ。ちゃんとスクールカウンセラーとか、そういうこと専門の先生がいてだなぁ」
「……あんた、ちっともわかってない……」
「わかってないのはお前だ、泉。お前には関係のないことだろ。もう高校三年だ、受験もあるし、ちったあ大人になれ」
「俺は大学になんかはいかない。いまはそんな話はしてない! 話をすり替えるな!」
「……ったく、そうか。じゃあいい、勝手にしろ」
「勝手にするさ……!」
 俺は教師に背中を向けて歩き出す。やっぱり教師なんてこんなものだ。子供のためとか言っておきながら、所詮は公務員だ。自分の仕事以外のことになるとこうだ。面倒なことがあるとこうだ。だからオトナは嫌いだ。
 そうだ。マリア=アンドロイドのクラスはどこだ? せめてその担任に……いや、結局こうなるだろうな。なんだかんだ言われてはぐらかされるだろう。ちくしょうが。子供のことなんてちっともわからないで。教師になんか頼るか。
 とは言ったものの、完全に情報源を失ってしまった。
 生徒に聞いて回るか? いや、あまりにタイムリーな話題すぎて引かれるだろう。今日学校集会で言われたばかりだ。良識的一般生徒は知ってても言わないんじゃないだろうか、ウザイ奴になると「そんなこと聞いてどうするの?」なんて言い始めるだろうな。だいたい、いまの時間は部活やらで校舎に残ってる生徒も少ない。
 頭をよぎるのはさっきの担任教師の言葉。
「わかってないのはお前」
「お前には関係ない」
 クソッが……そんなことはわかってる。わかってるつもりだ。だけどほっとけないだろうがよ。それに知りたいと思っちまったんだから仕方ないだろうが。
 だんだんと嫌気がさしてくる。そうだ、自分がどうこうしたって解決出来る問題じゃない。関わらないほうがいいのかもしれない。
――でも……!
 仕方がない。一人ずつ回って聞くしかない。
「あの……」
「ああん?」
 そのとき後ろから声がした。そこには白衣を着た――保健医か――先生がいた。
「あの、お節介じゃなければいいんだけど」そう保健医はワンテンポ置いてから、「マリアさんなら、市の総合病院にいまは入院してるって聞いたわよ」と言った。
「……お、ああ」
 思いがけないことで、俺は面を食らってしまう。アホな返事を返してしまった。
「彼氏……ではなさそうだけど。こういうことって同い年くらいの子じゃないとわかんないこともあるしね」
「……」
「マリアさん、はっきりした友達もいないって聞くし、お願いするわね」
「…………うす」
 俺は何も言えずに保健医に頭を下げた。
 まったく調子が狂う。
 教師なんて、オトナなんて嫌いと思った矢先にこれだ。オトナにも悪くない奴はいる。知ってはいるが、やっぱり調子が狂う。単に俺がオトナ嫌いなだけかもしれないが。
 市の総合病院……。
 俺は頭のなかにそこまでの行き方をイメージしながら、学校を出た。


     ○ ○ ○


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