◇「盗まれた傘」
それはある雨の日のことだった。
曇り空と、土砂降りの中、俺はいま全力で道をかけている。
どうしてこうなったのか?
それはすべて傘が悪いんです。
梅雨の六月だ。
そりゃまあ、雨だって降るさ。
でも今日はしとしと、と言うよりは、ざあざあ、と言いった感じの降り具合だった。
「あちゃー、めちゃ降ってるねえ」
と、後ろから声がする。下駄箱で生徒はみんな外を見て呆けている。「傘忘れたー」とか「一緒に入ろうー」とかそんな感じの声が聞こえる。
――ふ。
一方俺は、だ。ふふふ、ちゃんと傘を持ってきている!
周りを見て軽く優越感に浸り、
それで俺は、傘を取って帰ろうとした。
「……。なん…だと…? 傘が……ない!?」
傘がなかった。
「そんなばかな信じられないこんな土砂降りの日に傘がないとか――この傘立てのここに置いておいた傘がないとかハァーありえないしマジでまさか誰かに盗まれたとでも言うのか! し、信じられない!」
俺の2000円の傘返せよ!
俺が一人で騒いでいると、周りの生徒がひそやかに囁きだした。
『傘に鍵付けないとかホントバカだよねww』
『コンビニのビニールはみんなで使うものだってばっちゃが言ってた』
『だからあれほど名前はでかく書いておけと』
『ビニールなら仕方ない』
俺のはビニールじゃない! 2000円の黒いやつなんだ!
つか鍵ってなんだ鍵って。
にしても、こんな土砂降りで傘も盗られてどうやって帰れば――
《逆に考えろ。傘を共有していると――》
そのとき、どこからかひとつの声が聞こえた。
なんだいまのは……?
共有……共有…だと…?
そうか!
周りの生徒を見ろ!
傘を忘れたやつは、みんな他人の傘の品定めをしてるじゃないか!
今日は朝方は雨は降ってなかったからな。持ってきてないのも仕方あるまい。
うんうん。
それで俺は、傘を盗って帰ろうとした。
おもむろに傘立てに手を突っ込み、いいそうな物を引き抜く!
また周りの生徒が囁く。
『やりやがったww』
『まぁばっちゃが言ってたし』
『名前だ。先に名前を確認するんだ』
『ビニールなら仕方ない』
――ああ、共有ってなんて素晴らしいんだろう!
よし、帰ろう。
そう思った。すると、そこに俺の好きな女の子が来て、下駄箱でうろうろし始めた。
おや。
どうやら傘がないらしい。
――も、もしかして……これはチャンスじゃね?
ここでイベントのひとつやふたつ起こしたら……あるいは……。
ゴクリ…ッ!
よし。誘いをかけるならいましかない!
俺は格好をつけて、その子に「入る?」って言ってバッっと傘を広げた。
そしたら、開いた傘は淡いピンク色の傘で、柄のところにその子の名前が書いてあった。
俺が手に持っていた傘はビニールではなかったのだ。
話しかけて早々に気まずさが全開になる。女の子は半ば呆然、半ば驚きの表情で、俺の頭のなかは真っ白だった。
「あの……」
女の子が気まずそうに話しかけてきた。
瞬間、高速で傘を閉じた俺は、奇声をあげてとりあえず走ることにした。
「アッー!」
〆
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