ピポパポ
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◇「ピポパポ」


 家族四人全員がリビングに集まっていた。
 私はテーブルで新聞を読んでいて、隣の部屋のソファーにはテレビを見ている息子と娘がいる。皆、妻の料理が出来るのをまだかまだかと待っているのだ。
――久しぶりに全員で卓を囲めるな。
 私はいつも仕事で帰りが遅い。だから、どうにも息子たちとはコミュニケーションが希薄だ。こういう家に早く帰った機会に話などをするべきとは思うが、なかなか話すタイミングも見つからない。
――うむう。外食のほうが良かったか。
 あちらから聞こえてくるのは楽しそうなテレビの音ばかり。
 手持ち無沙汰になった新聞をテーブルに返す。ちらりと妻のほうを見てみるが、まだ夕食は出来ないようだ。どうする? ソファーまで行って話すのも、微妙だ。普段からやり取りをしていれば何ともないことなのだろうが……これは社会人の罪の部分だな。
 ソファーのほうをぼんやりと見ていると、息子が携帯電話を持って部屋からゆっくりと出て行った。娘が一人になる。ううむ、娘に話しかけに行くのも、難しいな……。
 そんなことを考えていると、ふいに、私の携帯電話がピポパポと音を鳴らした。


 鳴り出したケータイを持ってリビングを出た俺は、電話の主を確認してから通話ボタンを押した。
「おー、カイトか」
『ようシュン』
 電話の向こうから聞こえてくる、聞き慣れた親友の声。カイトは俺の親友と呼べる奴で、小学校から高校までずっと一緒だ。んでもって、同じサッカー部の仲でもある。
「どうした、電話なんてめずらしいじゃんよ」
『まぁな。てか、あー、なんだ、折り入って相談があってな』
「へー、相談?」
 普段は一緒にバカをやったりもするけど、カイトは根はけっこう真面目な奴だ、自分のやることは自分で済ませるタイプ。だからか、こいつに相談なんてことをされたのは指で数えるほどだ。
 めずらしいなぁと考えつつ、こいつの相談……パパパと頭で考えてみるが、サッカーか、恋愛か、そんなことしか……。
「ま、まさか振られたかッ……!?」
『ちゃうて!』
「ツマンネ」
『面白くないとだめなのかよ……』
「冗談だって。で、何なんだ?」
『んー、実はさ、オレ車関係のとこで働くかもしんないんだ』
「へー」
『そんでシュンの父さん車関係の仕事してるだろ? それで参考にというか。いろいろと聞きたいことがあってな、そんで電話したんだ』
「ほ、ぉおお……」
 なるほど理解した。が、これは驚いた。親友が高校出で社会人になるというのだ。驚かないわけにはいかない。
「じゃあ社会人か! すげえな! てか、いままで隠してたのかよ! もっと早く言ってくれよ!」
『すまんすまん。でも最近決まったことなんだ』
「ほー。うし、わかった。父さんに伝えとくわ」
『助かる。直接会ったほうがいいだろうから、予定聞いてくれ。だめだったらお前づてで』
「おーけー」
 俺がそう言うと、背後から「ねぇ」と声がした。振り向くと、そこには妹がいた。
「階段……のぼりたいんだけど」
「お〜、ごめんごめん」
 俺は階段の近くで電話をしてたもんだから、上の階へ上がろうとする妹の邪魔になったみたいだ。顔をうつむかせながら、妹はケータイを持ってすたすたと二階に上がって行く。
『どうした?』
「んや、妹だ」
『そうか。じゃあ、また電話たのむな』
「あいよ。じゃな」
 そうして俺はケータイの終話ボタンを押した。


 ケータイのボタンを切ったあたしは、ベッドに顔をうずめると、はぁーと大きくため息をついた。
「なんでこうなるかなぁ〜」
 ため息の理由は兄のこと。あたしの兄は高校三年生で、もう卒業式が近い。そんな兄と同じ高校に通っているあたしなんだけど、なんというか、また友達から相談されてしまった。
 はっきり言うと、あたしの兄はモテるのだ。
 あたしは何連敗もしているというのに、自分の兄がモテるという事実は、
「腹が立つ。なっとくいかない」
 まったく友達はわかってない。兄はスポーツマンではあるけど、家ではぐーたらだし、部活帰りは泥だらけのまま家に上がるわ、風呂上りはパンツ一丁のままだわ、あたしが起こさないと学校にはまま遅れるわ、ちっともカッコイイとこなんてないのに。
「……」
 いや、たしかにサッカーやってるときの兄はすっげえ尊敬できるけどさ、そこばっか見て好きになって、もうすぐ卒業するからって告白、だから妹のあたしに相談って、なんか違うと思うんだ。
――はあ。
 ケータイを乱暴にベッドへ放り投げて、頭を掻きながらあたしは仕方なしに下に降りる。兄の顔をいまは見たくないのでリビングには行かず、母のいるキッチンへ行く。
「おかーさん、ごはんまだ?」
「もう少しよ。……あ、電話がかかってきた。カホ、代わってて」
「は〜い」
 あたしは母に代わってキッチンに立つ。自分の髪がしばってあることをちょこっと触って確認する。その間に母は廊下のほうに出て行った。


 結っている髪をほどく。そろそろ髪が気になり始めたが、料理のときはまとめるようにしている。エプロンのポケットに入っている五月蝿い携帯電話を取り、画面を見ると、かつて同級生だった友人の名前がディスプレイに表示されている。わたしは通話ボタンを押す。
「はい」
『おおチッヒーか。聞いてくれよー、コウヘイがよー。
 あーだこーだ。
 こーだあーだ。
 うんぬん云々。
 なんだよー』
「あなた……またそれなの」
 コウヘイとはわたしの旦那の名前だ。それでいま電話してきているのはわたしの高校時代の男友達のミズキ。なんの縁か、ミズキは旦那の上司で、ことあるごとに、こうしてわたしに電話をかけてきては旦那の「今日ダメだったこと報告」をしてくる。最近はもう慣れてしまい、最初のうちこそ苛立つこともあったが、要するにミズキはお節介焼きなのだ。それに気づいてからは多少の小言も大目に見ている。
「それで、今回はそれだけ?」
『おお、まあ、そうだな。書類ミスはありがちなミスだが、しっかりやって欲しいと思う』
「わかった。伝えておくわね」
『頼む。いや、にしても、最近アイツかなりしっかりしてきてるな』
 俺の指導の賜物かな、とミズキは付け足したが、少し寂しそうな声色を含んでいた。わたしは思わずニヨニヨする。
『な、なんだよ』
「いやぁ、後輩が成長して教えることがなくなってくると寂しいのかなと思って」
『う、うっせえな。そ、そんな訳ないだろう。しっかり働いてもらわんと、困るからな』
 その後もミズキは一人前になるのが大切だとぐるぐる舌を走らせたが、どうも言葉は空回りしているようだった。
『――つーわけだ。言っといてやってくれな』
「はいはいー」
 そうしてわたしは電話を切った。
 ふふ、旦那に報告しよ。


 テーブルに置いていた携帯電話が音を鳴らしている。携帯を持ち、通話ボタンを押した私は、その声を聞いて思わず気分が高揚した。
『ようコウヘイ』
「おお、リョウか」
 リョウは私の高校時代からの友人で、いまでは奴のガラじゃないような公務員――教師などをやっている。
 しかも何の偶然か息子と娘が通う高校の教師などをやっていて、何かあったときは連絡してくれたりする。仕事に忙しいサラリーマンの私からすれば、息子たちの状態を教えてくれるリョウはありがたい存在だ。
「と、お前が電話してきたってことは、そっち関係の話か」
『ああ、そうなんだよ!』
「おお、どうした。興奮してんな」
 私は即座に考える。この時期の話だ。息子の受験のことかと連想するが、しかし息子は推薦受験だ。だとすると……。
『なんとなあ、カホちゃんが県の美術コンクールで賞を取ったぞ!』
「な、なに?!」
 娘のカホは美術部に入っていて、何度か見たことがあるが、これがなかなかいい、うまい絵を描く。
「そうか……」
『どうした、もっと喜んでもいいんじゃないか?』
「いや、喜んでるさ。驚いてる。娘には言ったのか?」
『んや、まだだ。あれだったら、お前の口から言ってやれ』
「おお……」
 そうして電話が切られる。
 キッチンのほうを見て妻に報告しようと思うと、そこには妻ではなく娘がいた。思わず椅子から立ち上がり、娘のほうへ行く。
 娘はこちらに気づいて首をかしげるが、私はそのまま娘の肩をがしっと掴んで「やったなあ!」と大きな声で言う。娘はギョっとした表情をするが、私が「賞取ったそうだ!」と言うと、娘は手許の料理から手を放し、口をきゅっと結んで手をあてた。驚いているのか、喜んでいるのか、娘の目にはゆるゆると涙があるようだった。
「親父、俺の友達が……何やってんだ?」
 リビングから来た息子が、こちらを怪訝そうに見える。
「コウヘイさん、会社の……?」
 同じく廊下から来た妻も同様の表情。
 私は、思わず笑ってしまう。
 そして、料理が食卓に並べられ、私は娘のことを話した。また息子は友人のことで相談があると話し、娘は兄に文句を言い、妻は会社の先輩の話をした。
 この日の夕食には、家族の笑い声がずっと絶えなかった。


   おわり



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