すいーと*はろうぃん

すいーと*はろうぃん


今日は、ハロウィンだ。
偶然休日の土曜日に当たった今日、槇は伊吹のマンションへと遊びに来ていた。

意外と頭の良い槇の学校は、テスト一週前の休日、生徒と教師が学校に集まり勉強する日がある。
生徒の出席は自由の為参加するのは余程真面目な生徒かテストに不安が残る生徒だけなのだけれど、教師はその日全員学校に集まらなければならない。
何人登校してくるか分からない為の対策とテスト作りの為だ。

自由参加なのだから帰宅も自由で、保健医だけは例外としてその日は休みになっている(保健のテストは期末以外無い為)。

伊吹と槇が教師と生徒である、という事実を知っている者に見られる心配の無い今、これほど堂々と遊びに来た事があっただろうか、と伊吹の部屋のチャイムを鳴らした。

「…………はい」

暫くしてガチャリと音を立てて開いたドアから覗いた顔は紛れもなく愛しい人のそれで、槇は買ってきたケーキの袋をかざしながらにこりと笑った。

「え、あ…槇くん、ですか?」

「…ん、俺以外の誰に見える?」

どこかぽかんとした様子で呟く伊吹に答え、槇は入れてくれないの?と甘えるように首を傾げ伊吹を見上げた。

はっと気付いたようにどうぞ、と笑う伊吹に一度頷き、部屋へ上がる。
久しぶりに入った部屋は以前来た時と変わらず綺麗に片付いていて、何故だか槇は嬉しくなってしまった。

「座ってて下さい、今温かいココア持ってきますね」

槇の後に続いてリビングへ入った伊吹はそれだけ言うとキッチンへ向かった。
うん、有り難う、と伊吹の背中へ声を掛けながら持っていた袋をテーブルに置く。
着ていた薄手のコートを脱ぎソファーの背に掛ける。
言われた通りそれに腰掛けながら伊吹を待った。

「はい…どうぞ」

2つマグカップを持って戻って来た伊吹から濃い青をしたカップを受け取る。
同じ形をした2つのカップはお揃いで、濃い青が槇、水色が伊吹のものだ。

「ん……有り難う」

「いいえ、…それより、どうしたんですか?いきなり来るなんて…ケーキも、何か良い事でもあったんですか?」

「あ、違う違う、今日テスト前登校の日だから先生居るかなって来てみた。今日は見回りの先生居ないから堂々と遊びに来られるし…万が一生徒に見られても、みんな伊吹センセのマンションだなんて知らないでしょ?ちょうどいいなって」

「あぁ…だからですか。え…と、このケーキは?」

「それは、ハロウィンだから」

「ハロウィン……」

槇の隣に座ってココアを両手で持ちながら話す伊吹は珈琲や紅茶の類が嫌いらしく、伊吹の家にはココアしか置いていない。

何時だったか初めて遊びに来た時、申し訳なさそうにココアしか無い、と言われた事を思い出して槇は小さく笑みを零した。

「そ、ハロウィン。お菓子くれなきゃ悪戯するぞ、って日」

とりっくおあとりーと、とゆっくり呟いて槇は伊吹を見つめる。
視線を感じたのか、カップに口を付けようとした体勢のまま槇を見つめる伊吹は"あー…"と小さく唸りながら苦笑した。

「…すみません、何も持ってなくて」

「えー、困ったなー…」

全然困った様子の無い声音で言いながら槇はカップをテーブルに置いた。
そのままテーブルに置いた袋を手繰り寄せ中からケーキの入った箱を取り出す。

マグカップを持ったまま不思議そうに槇の行動を見ている伊吹は箱の中から出てきたケーキを見て感嘆の吐息を洩らした。

箱に詰められたケーキは一つ一つが非常に凝って作られていた。

砂糖菓子のジャックランタンが飾られている長方形のケーキや、薄いチョコレートを棺の形にしそこにホワイトチョコレートで十字架を描いたものが乗っているケーキ。
綺麗な飴細工とジャックランタン同様砂糖菓子のお化けが飾られているケーキもある。

袋に書いてあるロゴから、最近近くに出来たちょっと高級なケーキ屋で買ってきたのだと分かってはいたけれど、大人っぽい外観の割にこんなにカラフルで可愛らしいケーキを売っていたなんて…と伊吹はケーキを見ながら何となく思っていた。

「じゃあまず、これ、先生に」

「え…全部、ですか?」

「そう、全部あげる」

何やら楽しげに言った槇は箱の中に入っていたプラスチックスプーンの封を開け、白い生クリームのケーキを掬って伊吹の口元へ持って行った。

「ほら、トリックオアトリート、は?」

「………え、あの」

「いいから、言って」

「…トリック、オア…トリート」

「うん、はい、センセ、食べて」

あーん、と伊吹に食べさせようとする槇は凄く楽しそうで、伊吹は大人しく口を開けた。

「……どう?…美味しい?」

「ん、…凄く美味しいです」

ふわふわとしたスポンジと甘い生クリーム。
すぐに溶けて無くなっていったそれらに微笑みながら美味しいと答えれば槇が嬉しそうに笑うから、何だか伊吹は幸せな気分になった。

それからも色々な種類のケーキを槇が伊吹の口に入れ、その度に伊吹が幸せそうに咀嚼した。

しばらくすると伊吹も箱に入っていたスプーンを開け、ケーキを掬って槇に食べさせるようになる。
交代にケーキを食べさせ合い、食べさせ合うという行為自体を楽しんでいた二人のお腹に5つあったケーキは綺麗に収まった。



「はー…食べましたねー…」

「んー、楽しかった」

お互いに温くなったココアを飲みながら笑い合う。
普段は過ごせない時間に幸せを感じつつ、ココアを飲み干せば自然に二人の唇が重なった。

「…ん……、」

「センセ、今度は俺の番。ね、…とりっくおあとりーと」

「ん……ぁ…、槇く…、」

「うん…大好きだよ、センセ」

ソファーにゆっくり押し倒されていく伊吹からのとろりとした視線に見上げられ、思わず零れた言葉。

伊吹は嬉しそうに頬を緩めながら、覆い被さり首筋に口付けて来る槇の首に両腕を回した。"僕もです"と囁こうとした言葉の語尾が与えられる愛撫に掠れる。

「お菓子、センセーでいいから…いっぱいちょーだいね」

むしろセンセーがいいから、と笑み混じりに言われ胸の奥が暖かくなるような錯覚に陥る。

身に受ける甘い快感に、どっちが"お菓子"を与えているのか分からないなと思いながら、伊吹は幸せな一時に身を任せた。


→END.
*08,10,12 兎絵(修正:08,12,15)

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